今、長田周辺(神戸市兵庫区、長田区、須磨区)が熱いんです。
というのも、NHKの大河ドラマ『平清盛』の影響で、清盛が作った都を一目見ようと全国各地から観光客が押し寄せているそうなんです。
それに合わせて、平清盛のドラマ館や歴史館ができてて、妹はそれを見に行ったのです。
で、近くに親戚の家があるので、ちょっと寄り道をしたというわけです。

これがその歴史館。
揚羽蝶の家紋が大きく描かれています。
と思ったら、

地面にもっと大きな揚羽蝶が…。
Σ(゜ロ゜ノ)ノ
『奢れる平家も久しからず』と四国の山奥に追いやられ、息を殺し隠れ住んで約800年。
まさか、こんな日が来るとは、、、
きっと先祖もびっくりしていることでしょう。
・
うちのご先祖様は屋島の戦いで敗れた後、平国盛と安徳帝を連れて讃岐山地を越え、吉野川を上り、祖谷から剣山、平家平へと逃げ延びたと言い伝えられています。
こういう話ってあまりにも昔の事で誰も本当のことが分からないので、私自身少し疑う気持ちもないではないのですが、うちの田舎、本っ当に山の奥深くの「何かから命懸けで逃げて来ないかぎり絶対に住まないよ」というところに家があるので、やっぱり100%平家の残党なんでしょう。
まあ、地名が平家平だしね(逆に嘘臭い?)。
で、話は昨日のことにもどりますが、歴史館を見たあと、いくつか清盛&平家ゆかりの場所にも行ったそうです。
それで何枚か写真を見せてもらったのですが、その中にとても感動的な場所がありました。

ここは雪見御所という、かつて清盛が邸宅を建てた場所なのですが、この地形どこかに似てません?
そうです。
京都の賀茂川と高野川が合流して、鴨川になるところです。
清盛はここに京都の町を再現しようとしたそうです。
ってことは、下鴨神社にあたるところに自分の住まいを建てたということですね。
この写真を見せてもらった時、思わずさぶいぼ(鳥肌)が立ちました。
((゜Д゜ll))
清盛の京の都に対する思いの強さっていうんですか? 執念を感じます。
でも、歴史上のお話が、実際にこうやって形として残ってるんですよ〜。
歴史はつながってるんですねぇ。
)゜0゜(
だから歴史はおもしろい。
最後に、お土産をもらいました。

揚羽蝶だらけです。
どれも嬉しい〜。
o(^-^)o
その中でもこれ、

これはいいぞ〜(笑)。
あと、こんなのも。

瓦せんべいです。

ここにも揚羽蝶の紋が、、、
向かって右が『亀井堂総本店』さんバージョンで、左が『久井堂』さんバージョンです。
血が騒ぐんですけどぉ(笑)。
(ノ><)ノ